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zoom RSS オスタペンコ 全仏オープン初制覇

<<   作成日時 : 2017/06/19 17:25   >>

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朝、ヘルパーの森さんが来ました。 有り難う   オムライスを〜〜。

午後、デイサービスに行きました。健康テェック(血圧計や温度計など)とストレシバザクラッチ(全員のボール握り、手の感覚運動、膝ボールはさみ)をしました。全員の足踏みをして、振り子運動と歩行訓練は職員の内山さんに手伝ってもらいました。肩の運動は職員の西尾さんにしてもらいました。西尾さんに右下肢関節運動をしてくれました。踏み台昇降は職員の内山さんに手伝ってもらいました。全員のつま先立ちを終わって、デイサービスを終えました。



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パリのヒロインは20歳 オスタペンコが全仏オープン初制覇…人口200万人のラトビアはお祭り騒ぎに  
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 人口わずか200万人の国ラトビアが国をあげて喜んだ。フランス・パリのローランギャロスで行われたテニスの全仏オープンで、バルト3国のラトビアの首都リガ生まれのエレナ・オスタペンコが初優勝を成し遂げた。

 20歳にして四大大会初制覇なら、ノーシードの選手が優勝するのも、ラトビアにテニス界最高の栄冠をもたらすのも初。「リガの女の子がパリのヒロインに」−。ラトビアのメディアは初物づくしの快挙をそう伝えた。

 オスタペンコは6月10日に行われた全仏オープン女子シングルス決勝で第3シードのシモナ・ハレプ(ルーマニア)に4−6、6−4、6−3で逆転勝ちした。

ダンスも得意だったテニス少女

 オスタペンコの特長は気持ちの強さ。劣勢になってもミスを恐れず、ライン際に強いショットを打ち続ける。決勝でも、第2セットは0−3、最終セットは1−3となったが「相手の方が重圧はあった。試合の分岐点で攻撃的な自分のプレーができた」と語り、攻めることをやめなかった。

 マッチポイントの好機でも「ミスしたら、また打てばいい」と気負わず、バックからのリターンをストレートに打ち込んで決めた。

 母親の影響で5歳でテニスをはじめ、四大大会23度優勝のS・ウィリアムズ(米国)に憧れ、プレースタイルをまねた。ダンスもラトビアの全国大会で名を残すほど実力があったが、12歳のときにテニスの道を選び、以来、自己鍛錬を積み重ねてきた。

 「誰かに教えられたわけでもなく、常に強く打ちたいと思ってきた」

 全仏ではノーシードながら一発の強打でランク上位の選手たちを勝ち抜いていき、ついに赤土の女王に輝いた。

 決勝2日前の6月8日に、20歳になったオスタペンコ。ツアー初優勝を全仏で果たしたのは男子シングルスでのグスタボ・クエルテン(ブラジル)以来だが、クエルテンが勝ったのはくしくも20年前の6月8日だった。彼女自身、「誕生日がクエルテンの全仏初優勝の日と重なるのは知っていた」という。

 ラトビアでは国全体がお祭り騒ぎとなり、政府はオスタペンコの快挙を祝うために、「エレナの日」という日をカレンダーに設けることを検討しているという。

 「リガは私の故郷。今となっては滞在する時間は少なくなってしまったけど、どこへも引っ越すつもりはないし、可能な限りずっと住み続ける」

 オスタペンコは同国メディアのインタビューでこう答え、バルト海沿岸に位置し、豊かな緑にあふれるラトビア出身であることに胸を張った。

 全仏の決勝が行われるのは毎年6月上旬。今回の全仏が終わり、ラトビアの国がどこにあるかを地図を調べたテニスファンもいたことだろう。

 今後もきっと、オスタペンコの誕生日が訪れるたびに、パリのローランギャロスからラトビアの国の名を全世界に知らしめる機会が増えるに違いない。

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